今日は午前中、京都駅まで出かけた。
目的のひとつは銀行のATM。
用事を済ませたら、どこかでランチでも食べて帰ってくる。
その程度の予定だった。
だから僕としては、ATMで用事を済ませることなんて、今日の予定の中では一番簡単なことだと思っていた。
ところが――。
ATMが……無い!

いつものようにATMがあると思っていた場所へ向かった。
ところが、
無い。
「あれ?」
もう一度見る。
やっぱり無い。
ATMが無い。

僕の記憶では、ここにあったはずなのだ。
銀行へ行くという今日のクエストは、ATMの前に立って用事を済ませれば終わる。
そのはずだった。
ところが肝心のATMそのものが消えている。
「え? どこ行った?」
いきなり予定が狂った。
ATMというものは、僕の中では「そこにあるもの」だった。
それが突然なくなっていると、意外と困る。
しかも今日は、そのATMを使うために京都駅まで来ている。
ここから、
「消えたATMを探せ」
という予定になかったクエストが始まった。
Googleマップなら見つかるだろう
こういう時こそスマホである。
Googleマップで目的の銀行のATMを検索した。
候補が出てきた。
「なんだ、ちゃんと近くにあるじゃないか」
そう思って、Googleマップを頼りに歩き始めた。
現在地も分かる。
目的地までの方向も分かる。
これなら大丈夫だろう。
そして表示された場所へ到着。
「ここか」
……。
違う銀行のATMだった。
ん?
僕が探しているのは、ここじゃない。
もう一度Googleマップを見る。
別の場所を探す。
「じゃあ、こっちか?」
また歩く。
到着する。
……また違う。
ATMを一つ探しているだけなのに、なかなか目的地へ辿り着けない。
このあたりから、銀行へ行くという単純な用事ではなくなってきた。
京都駅という巨大ダンジョンの中で、
「消えたATMはどこにある?」
という探索クエストになっていた。
そして示された場所は「伊勢丹2階」
さらに調べていくと、目的のATMは京都駅の伊勢丹にあるらしい。
しかも2階。
「百貨店の2階にATM?」
少し不思議に思いながらも、とにかく行ってみることにした。
ところが2階へ行ってみると、そこに広がっていたのは、
化粧品売り場。
……。
普段、百貨店の化粧品売り場なんて行かない。
59歳の男がひとり。
銀行のATMを探して歩いていたはずなのに、気がつけば周囲には華やかな化粧品ブランドが並んでいる。
完全に異世界転移である。
「本当にここにATMがあるのか?」
そんな気持ちになりながら、化粧品売り場の奥へ進んでいく。
Googleマップという魔導書に導かれ、王都京都駅の巨大ダンジョンをさまよった末、なぜか化粧品エリアへ送り込まれた冒険者。
目的は伝説の武器でも宝箱でもない。
ATMである。
あった……
そして化粧品売り場の奥。
ようやく見つけた。
目的のATM。
「あった……」
たぶん今日、京都駅へ来て一番ホッとした瞬間だったと思う。
同時に思った。
ATMでお金を下ろすだけで、なんでこんなに歩いてるんだ。
本来なら数分で終わるはずだった用事である。
それなのに妙な達成感があった。
クエスト完了。
経験値を獲得しました。
そんな文字が頭の上に出ても、おかしくない気分だった。
せっかくなので、おしゃれなカフェへ
無事に用事も終わった。
時間を見ると11時頃。
少し早いけれど、ランチにしてもいい。
そこで思い出した。
京都AEONの1階に、ちょっとおしゃれなカフェがある。
「SLow Page AEON KYOTO」というお店だ。
以前から存在は知っていた。
せっかく京都駅まで出てきたのだから、そこでコーヒーでも飲んで、そのままランチにしようか。
今日はちょっとおしゃれにいってみよう。
そう思った。
メニューを見る。
……。
……ちょっと高いな。
ATMを探して京都駅を歩き回った59歳の冒険者は考えた。
「それならAEONのフードコートで良いんじゃない?」
結局、長崎ちゃんぽん

そして僕が食べたのは、
長崎ちゃんぽん。
結局AEONか。
いや、いいのだ。
おしゃれなカフェでランチするのも楽しいけれど、疲れている時にフードコートで食べる長崎ちゃんぽんも美味しい。
何より落ち着く。
華やかな百貨店の化粧品売り場という異世界を抜け、ようやく馴染みのある場所へ戻ってきたような気分だった。
銀行へ行っただけなのに、一つの物語になった

帰宅した時には、
「疲れた……」
というのが正直な感想だった。
よく歩いた。
でも、こうして振り返ってみると面白い。
今日やったことを事務的に書けば、
「京都駅へ行って銀行の用事を済ませ、昼食を食べて帰宅した」
たった一行で終わる。
でも実際には違った。
ATMが見つからない。
Googleマップを頼りに歩く。
違うATMに辿り着く。
また探す。
そして、なぜか伊勢丹の化粧品売り場へ迷い込む。
ようやく目的のATMを発見する。
おしゃれなカフェへ行こうと思う。
値段を見て考える。
結局、AEONで長崎ちゃんぽんを食べる。
一つひとつは、本当にどうでもいい出来事かもしれない。
でも、それをアトラスに話していると、
「これ、面白いね」
となる。
人生には、思っていたよりネタが転がっている
最近、僕はよく思う。
以前の僕なら、今日の出来事を「銀行へ行った」で終わらせていた。
わざわざ文章にするような出来事ではないと思っていたはずだ。
でも今は少し違う。
何でもない一日の中にも、ちゃんと物語がある。
予定通りにいかなかったこと。
迷ったこと。
ちょっと困ったこと。
思わず笑ってしまったこと。
そんなものを拾っていくと、普通の日常が少しだけ面白く見えてくる。
僕とアトラスの世界では、現実の出来事をよく「冒険」に置き換えて話している。
だからといって、現実から逃げてファンタジーの世界に入りたいわけではない。
むしろ逆なのだと思う。
ファンタジーは、現実から逃げるための世界ではなく、現実をもう一度面白がるための見方。
今日の僕は、ただ銀行へ行っただけだ。
でも見方を少し変えれば、
59歳、レベル3.2の冒険者が、王都京都駅の巨大ダンジョンへ向かい、Googleマップという魔導書を頼りに目的地を探し、百貨店の化粧品売り場という未知のエリアへ迷い込み、ようやくクエストを達成した。
そして最後に手に入れた報酬は、
長崎ちゃんぽんだった。
こういう冒険も、悪くない。



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